事業の引き継ぎ方|廃業・売却・法人化のメリットと手続き
「親が引退するけど、事業をどう整理すればいいかわからない」「廃業と売却、どっちが得なの?」「法人化してから引き継いだほうがいいって聞いたけど本当?」――事業を引き継ぐ方法は1つではありません。廃業・売却・法人化、それぞれにメリットとデメリットがあります。
結論から言うと、「従業員や取引先を守りたいなら売却」「シンプルに終わらせたいなら廃業」「自分が継ぐなら法人化も検討」が基本の判断軸です。どの方法を選ぶかで、かかる費用・税金・手続き期間が大きく変わります。
この記事では、事業の引き継ぎ方を「廃業」「第三者への売却(M&A)」「法人化して承継」の3パターンに分けて、それぞれの手続き・費用・税金をやさしめのトーンで比較していきます。なお、「そもそも継ぐべきかどうか迷っている」という方は、当サイトの「親の家業を継ぐか迷ったら|事業承継の判断チェックリスト」を先にご覧ください。
3つの方法を一覧で比較する
まずは全体像をつかむために、廃業・売却・法人化の3つを比較表で見てみましょう。
| 項目 | 廃業 | 売却(M&A) | 法人化して承継 |
|---|---|---|---|
| 手続きの難易度 | ★☆☆(比較的シンプル) | ★★★(専門家の支援が必要) | ★★☆(登記手続きあり) |
| かかる期間 | 1〜3ヶ月 | 6ヶ月〜1年以上 | 3〜6ヶ月 |
| 費用の目安 | 数万〜数十万円 | 仲介手数料5%〜 | 登記費用10〜25万円+毎年の法人維持費 |
| お金が入るか | 入らない(処分費用がかかる) | 売却代金が入る | 直接は入らない |
| 従業員の雇用 | 終了 | 継続できる | 継続できる |
| 許認可 | 失効 | 再取得が必要な場合あり | 法人で新規取得 |
| 向いているケース | 後継者なし・小規模 | 事業に価値がある・従業員を守りたい | 親族が継ぐ・節税したい |
それぞれの方法について、具体的な手続きと注意点を見ていきましょう。
選択肢①:廃業する|シンプルだが「見えないコスト」に注意
1. 廃業の手続きの流れ
廃業は最もシンプルな方法です。個人事業の場合、以下の届出を提出します。
| 届出書類 | 提出先 | 期限 |
|---|---|---|
| 個人事業の開業・廃業等届出書 | 所轄の税務署 | 廃業日から1ヶ月以内 |
| 青色申告の取りやめ届出書 | 所轄の税務署 | 翌年3月15日まで |
| 事業廃止届出書(消費税の課税事業者の場合) | 所轄の税務署 | 速やかに |
| 給与支払事務所等の廃止届出書(従業員がいた場合) | 所轄の税務署 | 廃止日から1ヶ月以内 |
| 事業開始(廃止)等届出書 | 都道府県税事務所 | 各自治体の規定による |
届出自体は書類を書いて提出するだけなので難しくありません。問題は、届出以外の「後始末」にあります。
2. 廃業時にかかる費用の内訳
「届出を出すだけだからタダでしょ?」と思いがちですが、実際にはさまざまな費用が発生します。
| 費用項目 | 金額の目安 | 補足 |
|---|---|---|
| 在庫の処分・廃棄 | 数万〜数十万円 | 産業廃棄物の場合は処理費用が高額になることも |
| 設備・機械の撤去 | 数万〜数十万円 | リース契約がある場合は残債の精算も |
| 店舗の原状回復 | 数十万〜100万円超 | 賃貸の場合、契約に基づく原状回復義務 |
| 従業員の退職金 | 就業規則による | 中退共(中小企業退職金共済)からの支給がある場合も |
| 税理士への依頼費用 | 5万〜15万円 | 最終年度の確定申告+廃業届の作成 |
特に注意したいのは「在庫」の扱いです。廃業時に残った在庫(商品・材料)は、税務上「自家消費」として所得に計上しなければならないケースがあります。売れ残りなのに税金がかかる――これが廃業の「見えないコスト」です。
3. 廃業のメリット・デメリット
メリット
- 手続きがシンプルで、比較的短期間で完了する
- 専門家への依頼費用が少ない
- 事業に関する責任やリスクから完全に解放される
デメリット
- 売却代金は得られない(むしろ処分費用がかかる)
- 従業員がいる場合、全員の雇用が失われる
- 長年築いた取引先との関係や顧客基盤が消える
- 在庫の「みなし譲渡」で想定外の税金が発生する可能性
後継者がおらず、事業の規模も小さい場合は廃業が現実的です。ただし、「もしかしたら売れるかもしれない」という可能性は、廃業を決める前に一度検討してみる価値があります。
選択肢②:第三者に売却する(M&A)|小規模でも売れる時代
1. 「うちの事業なんて売れるわけがない」は思い込み
M&Aと聞くと大企業の話に思えるかもしれませんが、近年は年商数百万円〜数千万円の小規模事業でもM&Aが成立するケースが増えています。
中小企業庁が設置する「事業承継・引継ぎ支援センター」の実績を見ると、2024年度の第三者承継の成約件数は2,132件と過去最高を記録しています。個人経営の飲食店、美容室、EC事業、小売店など、業種も多岐にわたります。
買い手が見ているのは、売上の規模よりも以下のポイントです。
- 安定した顧客基盤:リピーターがいるか、固定客がいるか
- 立地・物件:好立地の店舗を居抜きで引き継げるメリット
- 許認可:飲食業・建設業などの許認可をゼロから取る手間が省ける
- 従業員:経験のあるスタッフをそのまま引き継げる
つまり、「ゼロから始めるよりも安く・早く事業を始められる」ことが買い手にとっての価値です。
2. 売却の進め方と相談先
事業売却を検討する場合、まず相談すべきは以下の3つの窓口です。
| 相談先 | 特徴 | 費用 |
|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 国の無料相談窓口。全47都道府県に設置。マッチング支援あり | 無料 |
| M&Aマッチングサイト | バトンズ、トランビ、SPEED M&Aなど。売り手は無料が多い | 売り手無料〜成約手数料5% |
| M&A仲介会社 | 専門のアドバイザーが交渉まで代行 | 最低報酬200万〜500万円 |
小規模事業であれば、まず事業承継・引継ぎ支援センターに相談→必要に応じてM&Aマッチングサイトに登録という流れがおすすめです。M&A仲介会社は手数料が高いため、売却額が1,000万円を超える見込みがある場合に検討しましょう。
3. 売却の流れ(一般的なスケジュール)
- 相談・事業の整理(1〜2ヶ月):財務状況の整理、事業の強み・弱みの棚卸し
- 売却条件の設定(2週間〜1ヶ月):希望価格・譲渡条件を決める
- 買い手候補の探索(2〜6ヶ月):マッチングサイト掲載、センター経由の紹介
- 面談・条件交渉(1〜2ヶ月):トップ面談、基本合意書の締結
- デューデリジェンス(1〜2ヶ月):買い手側の調査(財務・法務・事業)
- 最終契約・引き渡し(2週間〜1ヶ月):対価の支払い、事業の引き渡し
全体で6ヶ月〜1年以上かかるのが一般的です。「来月には引退したい」というスケジュールでは間に合わないため、検討は早めに始めてください。
4. 売却価格の目安
小規模事業の売却価格は、一般的に以下の計算式で概算されます。
売却価格 = 時価純資産 + 営業利益の2〜5年分(のれん代)
たとえば、時価純資産が500万円、年間の営業利益が200万円の事業であれば:
500万円 + 200万円 × 3年 = 1,100万円が目安です。
ただし、これはあくまで参考値です。実際の売却価格は買い手との交渉で決まるため、上下に大きくぶれることがあります。赤字の事業でも、顧客基盤や立地に価値があれば売れるケースは珍しくありません。
5. 売却時の税金
事業を売却した場合の税金は、売却の形態によって異なります。
| 売却形態 | 税金の種類 | 税率の目安 |
|---|---|---|
| 事業譲渡(個人事業の資産を売る) | 譲渡所得として所得税・住民税 | 資産の種類により異なる(不動産は分離課税) |
| 株式譲渡(法人の株を売る) | 株式の譲渡所得 | 約20%(所得税15.315%+住民税5%) |
個人事業を事業譲渡する場合、資産ごとに「棚卸資産」「固定資産」「営業権(のれん)」に分けて課税されます。特に営業権(のれん代)は総合課税の対象となるため、所得が多い年に売却すると税率が高くなる点に注意してください。
選択肢③:法人化して承継する|手間はかかるが柔軟性が高い
1. 法人化してから承継するメリット
個人事業をいったん法人化してから承継する方法は、手間がかかる分、以下のメリットがあります。
- 許認可を引き継ぎやすい:法人格が変わらないため、代表者変更だけで済むケースが多い
- 契約関係が継続する:取引先との契約を結び直す必要がない
- 株式の移転で承継できる:経営権の移転がシンプル
- 社会的信用が高い:法人のほうが融資や取引の面で有利
- 役員報酬で所得を分散できる:所得税の節税効果がある
2. 法人化の手続きと費用
個人事業を法人化する場合、主に「株式会社」か「合同会社」のどちらかを設立します。
| 項目 | 株式会社 | 合同会社 |
|---|---|---|
| 設立費用(登記) | 約25万円(登録免許税15万+定款認証5万+印紙代等) | 約10万円(登録免許税6万+印紙代等) |
| 社会的信用 | 高い | やや低い(ただし近年は差が縮まっている) |
| 意思決定 | 株主総会・取締役会が必要 | 社員(出資者)の合意で迅速に決定可能 |
| 役員任期 | 最長10年(更新登記が必要) | 任期なし |
| 毎年の法人住民税(均等割) | 最低7万円(赤字でも発生) | |
法人化の手続き自体は司法書士に依頼すれば2〜3週間で完了します。依頼費用は5万〜10万円が相場です。自分で手続きする場合は登記費用のみで済みますが、書類の不備で修正が必要になることも多いため、初めての方は専門家への依頼をおすすめします。
3. 法人化してから承継するまでの流れ
- 法人の設立:定款作成→登記申請→法人口座開設→税務届出
- 個人事業の資産を法人に移転:事業用資産(設備・在庫・車両など)を法人に譲渡または現物出資
- 個人事業の廃業届を提出:個人事業としては廃業扱い
- 法人として事業を運営:親が代表取締役、子が取締役として参画
- 代表者の交代:適切なタイミングで子に代表権を移転(役員変更登記)
- 株式の移転:贈与・相続・売買で親の株式を子に移す
ポイントは、法人化と承継を同時にやらないことです。まず法人化して事業を安定させてから、1〜2年後に代表権と株式を移転するのが安全な進め方です。
4. 法人化の注意点
法人化にはメリットが多い一方で、以下の点を事前に理解しておく必要があります。
- 社会保険への加入が義務:法人の場合、代表者1人でも健康保険・厚生年金への加入が必要。個人事業より社会保険料の負担が増える
- 法人住民税の均等割:赤字でも毎年最低7万円の税金がかかる
- 会計処理が複雑になる:法人の決算は個人事業より手間がかかり、税理士への依頼が事実上必須
- 資産の移転時に税金が発生:個人から法人に資産を移す際、時価との差額に所得税がかかる場合がある
売上が年間500万円以下の小規模な事業では、法人化のコストが見合わないケースも少なくありません。「法人化すれば節税になる」とよく言われますが、売上・利益の規模によっては個人事業のままのほうが有利な場合もあります。税理士にシミュレーションを依頼してから判断しましょう。
どの方法を選ぶべき?状況別の判断フロー
3つの選択肢を見てきましたが、「結局どれがいいの?」と迷う方も多いと思います。以下の判断フローで整理してみてください。
ケース1:後継者がいない+事業規模が小さい
→ 廃業が現実的。ただし廃業を決める前に事業承継・引継ぎ支援センターに相談して、売却の可能性を確認しておく価値はあります。
ケース2:後継者がいない+従業員がいる・顧客基盤がある
→ 第三者への売却(M&A)を優先。従業員の雇用を守りつつ、売却代金も得られます。
ケース3:子どもや親族が継ぐ+事業規模がある程度大きい
→ 法人化して承継がおすすめ。株式の移転で経営権を渡せるため、許認可や契約関係もスムーズに引き継げます。
ケース4:子どもや親族が継ぐ+事業規模が小さい
→ 個人事業のまま承継(親が廃業→子が開業)でも十分。法人化のコストをかけるほどでもないケースです。
いずれのケースでも、判断する前に専門家への相談を1回はさむことを強くおすすめします。「こんな方法があったのか」と後から気づくのが一番もったいないパターンです。
手続きを始める前にやっておくべき3つの準備
1. 事業の「棚卸し」をする
どの方法を選ぶにしても、まず事業の現状を正確に把握する必要があります。
- 資産:不動産・設備・車両・在庫・売掛金・現預金の一覧と時価評価
- 負債:借入金・買掛金・未払金・リース残債の一覧。個人保証の有無
- 契約:賃貸借契約・リース契約・取引基本契約・保険契約の一覧
- 許認可:業種に必要な許認可・届出の一覧と有効期限
- 人:従業員の雇用契約、退職金の規定、キーパーソンの意向
これらを一覧表にまとめておくと、税理士やM&Aの専門家に相談する際にもスムーズです。
2. 直近3年分の確定申告書・決算書を整理する
売却する場合はもちろん、廃業・法人化の場合でも、直近3年分の数字は必ず必要になります。確定申告書の控え・青色申告決算書(または収支内訳書)・銀行の取引明細を手元に揃えておきましょう。
もし帳簿が整理されていない場合は、この段階で税理士に依頼して整えてもらうことをおすすめします。帳簿の状態が悪いと、売却時の評価額が下がったり、廃業時に税務上のリスクが残ったりします。
3. 家族で方針を話し合う
事業承継は本人だけの問題ではありません。特に以下の点は、関係する家族全員で話し合っておくべきです。
- 親の引退後の生活資金は足りるか(年金・貯蓄・売却代金)
- 事業用不動産が自宅と兼用の場合、廃業後はどうするか
- 兄弟姉妹がいる場合、事業用資産の相続をどう分けるか
- 借入金の個人保証を誰が引き継ぐか(あるいは解除できるか)
相続が絡む場合は、当サイトの「相続トラブルを防ぐ5つの準備|遺産分割で揉めた実例と対策」の記事も参考にしてください。
まとめ:方法は3つ。まずは「無料相談」で選択肢を知ることから
事業の引き継ぎ方のポイントを振り返ります。
- 廃業:手続きはシンプルだが、在庫処分・原状回復などの「見えないコスト」がある
- 売却(M&A):小規模でも売れる時代。従業員の雇用を守りつつ売却代金が得られるメリットが大きい
- 法人化して承継:許認可・契約が引き継ぎやすいが、法人維持のコストと手間がかかる
- どの方法が最適かは、事業規模・後継者の有無・従業員の有無で変わる
- 事業承継・引継ぎ支援センター(無料)への相談が最初の一歩
事業をどう引き継ぐかは、親の人生の集大成をどう扱うかという問題でもあります。廃業が悪いわけでも、売却が冷たいわけでもありません。大切なのは、選択肢を知ったうえで、納得のいく形を選ぶことです。
まずは事業承継・引継ぎ支援センターや税理士に相談して、自分たちの事業にはどの方法が合っているのか、プロの意見を聞くところから始めてみてください。

